山田祥平のRe:config.sys

スマホは基本的人権!?

 日本が世界をリードしていくために誰もがスマホをもたなければならない。連絡、決済、英語、AI、学び、買い物、医療、娯楽と、暮らしの中のあらゆる場面で使われるスマホ。だからこそスマホは基本的人権であるべきだ、と楽天モバイルは考える。

スマホとその暮らしへの浸透

 国内の観光地に行くと見かける修学旅行生。最近は団体を少人数のグループに分かれて名所旧跡を訪ねるようなパターンもよくあるそうだ。ふと気がつくのは、彼らが紙の地図や紙のガイドブックを見ていることが多いことだ。

 2007年に米国でiPhoneが発売されてから17年経った。2008年7月には日本でも発売が開始された。また、2009年にはAndroidスマートフォンが発売されている。スマホは我々の暮らしにすっかり溶け込み浸透したように見える。

 その一方で、日常的にスマホを使うことが許されていない人たちもいる……。

スマホを使いたいのは大人も子どもも同じ

 楽天モバイルが新たなサービスとして「最強こどもプログラム」を開始した。子どものスマホデビューを応援するサービスとして、3GB以内のデータ通信つきのプランが12歳までずっと実質528円で利用できるという。実質というのは金額が割り引かれるのではなく、具体的には楽天ポイントを440ポイント分として還元されるからだ。

 同社マーケティング企画本部長の中村礼博氏は、個人的な見解でありあとで訂正するようなこともあるかもしれないがという条件付きで、スマホが基本的人権であるというのは大人も子どもも同じであり、日本が世界をリードしていくために誰もがスマホを持ち、つかわなければならないと訴える。

 今、インターネットがあるのが当たり前の世界となり、生活のあらゆる場面でスマホが重宝されているのはご存じの通りだ。目の前にPCがあるのにスマホを使うようにもなったりしている。

 Z世代がチヤホヤされる中で、2010年以降に生まれたアルファ世代が注目されていると中村氏。つまり、生まれる前からスマホが存在していた真のデジタルネイティブだ。年齢的には14歳以下の子どもたちということになる。

 今、10~12歳までのインターネット利用率は98.2%に達し(こども家庭庁 令和5年度「青少年のインターネット利用環境実態調査」報告書)、親もデジタルに精通、さらには、学校でプログラミングの授業があり、グローバル社会への抵抗も少なく、今後は、AIネイティブといった世界観で語られるであろう世代であると楽天モバイルはいう。

 なのに、アルファ世代のスマホ所有率は半数以下なのだという。東京都生活文化スポーツ局の「家庭における青少年のスマートフォン等の利用等に関する調査報告書(2024年2月)」をもとに楽天モバイルが算出した。低学年(1~3年)の小学生は27.2%、高学年(4-6年)でも48%だ。キッズ携帯やスマホ以外の携帯端末などを含めいずれも所有していない小学生は低学年が39.4%、高学年でも18.8%いる。

保護者がそれを許さない

 小学生がスマホを持たない、使わないのは、本人の意志というよりも、保護者の方針によるものだ。カネを出すのは保護者なので仕方がないともいえるが、LINEや各種SNSなどのトラブルに巻き込まれたり、スマホの通信費などのコストなどを保護者が懸念し、まだ必要ないと結論づけるわけだ。楽天モバイルは、教育Qの「お子さまのスマホ・携帯電話の利用状況」に関する調査(2023年8月~9月)をもとにこの傾向を分析する。

 だが、その敬遠の反面、GPSで子どもの居場所が確認できて安心であるとか、危急時、災害時に連絡が取れるようになったといった回答も数多くある。でも、それは見なかったことにするらしい。

 それではだめだと、すべての子どもがスマホを始めやすい新たなプログラムが必要であると楽天モバイルは考えた。それが今回発表になった「最強こどもプログラム」だ。

 もちろん、親の懸念がこのプログラムで解消されるわけではない。楽天モバイルも責任は持てない。

 だから「あんしんコントロールby i-フィルター」の契約が必須となり、年齢に応じたコンテンツフィルタリングを設定するといったことが保護者責任で求められる。このサービスでは年齢にあったフィルタリングを設定したり、閲覧できるカテゴリを限定したりといった制御、また、必要なサイトだけを見せるように設定、閲覧したサイトや検索ワードの確認、利用状況レポートを毎日受け取るといったモニタリングがサポートされている。利用料金は330円/月だ。このプログラムの割り引き額440ポイントと相殺すると額は110円になる。ただし、その保護者の申し出によりオプション解除をすることは可能だ。

心配だから許さない

 ここで最初の話に戻ろう。

 紙に印刷した地図を片手に名所旧跡を巡る小中学生の修学旅行生を見かけるのは、彼らが日常的にスマホを使うことが許されていないからだ。

 見知らぬ土地に解き放たれ、スポンジのような好奇心であらゆるモノ、コトを吸収しようとしている中で、その吸収を抑止するにも等しい制限でもある。それに、手にする地図は、あらかじめ印刷しておいたGoogleマップかもしれないのにだ。

 紙の地図を手にして、自分の現在位置を把握できないとか、東西南北が分からないといったことはあってはならない。大人になって地図が読めない人間になることを回避するためにも、紙の地図しか許可しないというのはそれなりに有効な方法論かもしれない。

 だが、中村礼博氏は、子どもの新しい未来に向けて新しいスマホの常識を考えるべきだともいう。今、スマホを日常的に許されていないのは大人の論理としての保守的な判断があるかもしれないと山本氏はいう。この意見には個人的にも納得する。

 実際、引率の先生は、子どもたちがそれぞれスマホを持っていた方が安心だ。わざわざ苦労を背負いこんでいる。その気になればいつでも引率と子どもたちは双方向で連絡ができるし、それこそ名所旧跡の観光でも、目の前に繰り広げられるモノ、コトを、その場でサーチして深追いすることもできる。それがアルファ世代に許されないというのは個人的にも酷だと思うし、ほかの弊害にもつながる可能性がある。

 中村氏は今は過渡期だというし、時代とともに最適な解が見つかるだろうともいう。

 最適な解とはなんだろうと考え始めると、例によって夜も眠れなくなるわけだが、少なくとも、その解を見つけるために何かをすることが、彼らの親の世代の義務なのだろう。子どもは親によって保護されなければならない。だが、その保護がもたらすであろう彼らの不利益は最小限に抑える必要がある。それも利益の保護だといえるからだ。